作品#1 『無限ルーム』

初個展 「無限ルーム」 


作品 No.1

「あんな 空 を とも と 見ている」 

"His gaze"


厳かに濃密で豊潤にきらめく緑の背中から、
見るたびに、違う空が顔を出している。
白木の梁に切り取られた、瑞々しいその景色は、

さながら額におさまる油絵のようなのだ。


毎月15日になるとその寺の境内には、市場が開かれ、

代わる代わる地元の人が訪れる。

ゆるやかな朝の時間が、だんだんと日も高くなり明るく活気づく頃、

にわかに、市場に鳴り響く銅鑼の音。

階段上の弘法堂から、

独特なビートを刻む彼の打音と読経のグルーヴに、

毎度痺れていたのは、私だけではあるまい。


「バンド組んで、ドラマーとか、出来るんじゃないですか?」
彼との雑談の中で、半分ジョークまじりに言いながら私は、

毎回、もう半分は本気で提案していた。


お勤めのために彼が、金色の袈裟に身を包み現れる姿は、文字通り眩しく、

同じ時間、同じ部屋で出店準備に勤しむ自分も、

その時だけは顔を上げられずに、ずっと下を向いていた。


いま思えば、顔を上げ、眼を開き、

そのバチさばきも所作も

彼の繰り出す一切の何もかもを、

しっかり目に焼き付けておけばよかったと本当に思うのだが、

そのときには

「直接見ないこと」

それが精一杯の敬意か誠意か

自分の意思表示だったように思う。


そんな自分を彼はどう見ていただろう。

いや、見ていたかどうかもわからない。


弘法堂で私が彼をまじまじと見ることはなかったが、
この場所から見る景色は、

あの心揺さぶる彼の読経と銅鑼の音とともに、

いまも鮮明に脳裏に蘇る。


そこで彼が読んでいたのは、いつも

「空」を説く、

般若心経だった。


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2018年10月 セキアイコ初個展に寄せて


当作品を、岐阜善光寺22世住職 故・松枝秀晃氏へ捧ぐ。



©関愛子

©SEKI AIKO 2023 のテーマは、 単純さをとりもどす