わたしにとっての表現は
わたしにとって
表現手段としての文章は
淀んだ思考の中に沈み込んだ
何やら得体の知れない感情や概念を拾い上げて
それらに輪郭を与えることであるとすれば、
造形や絵を描くという表現手段は
澄み切った思考の中から
純度の高い部分を掬い上げる作業であるか
または、澄み切った思考と岩盤との間にある
(リンゴの皮と身の間のような)
組成を切り取り分析するようなことである。
伝わるかどうかとかどのように見えるのかとかいう小癪な思惑は排除して
どこまで表現すべき対象を
ストレートに見つめて表現できるのか、
それが出来上がった時にそれはどのような形を色をしているのか
遭遇したその時初めて向き合いたいのだ。
表現する最中に他人は不要であり、自分すらも不要とさえおもう。
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